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質問者:永野 眞治さん
亮司先生は、お尻歩き歴は20年と伺ってますが、
①壁面馬歩は何年ぐらいであの域にいかれたのでしょうか?
②背骨(体幹)の屈曲↔︎伸展の時は、目の動きはどのようになるのでしょうか?
自分の見解では、背骨の動きに自然に同調する(伸展で上目遣いになる、屈曲でうつ向き加減になる)ようになってると思うのですが、
③「壁面馬歩」の時に、目は意識的に動かされてましたか?
映像では、読み取れませんでしたので教えてください。
回答:鈴木亮司
壁面馬歩ですが、「上達の仕組み」の遠山先生から4年ほど前(だったかと思います)教えていただきました。
脊椎の動きに関しての追求は結構長くて
2005年辺りからで、2012〜2015年あたりが背骨の動きを出すことを1番やり込んだ時期で身体の各関節の感覚や連動性、操作性は今が1番高いと思いますが、背骨のみに限って言えばその時期が1番稼動性が高かったと思います。(本人比較)
それに比べると壁面馬歩は期間は短いですが、立位での感覚を明確にしてくれたものとして非常に重宝しています。
また眼球の動きは脊椎伸展の際は上方向、屈曲の際は下方向に動かす形で伸展と屈曲の神経の働きを促すという意味で、動かすと良いと思います。
永野 眞治さん
ご回答ありがとうございます🙇 脊椎の動きに関しては、2005年辺りからで、2012から2015年あたりが一番やり込まれのですね。(トータルでは10年ですよね!) そして、その時に作られたベースがあって、いまは身体の操作性などに活かされてるわけですね。 想像はしていましたが、改めて凄い年月を掛けて体得されたものだと恐れ入ります🙇
鈴木亮司
背骨の三方向意識は2005年からですが、
側屈のスタートから言えば2000年からですね(懐かしい)
どうでも良いですが僕のトレーニング遍歴を書いてみます。
*以下長文です😅😅😅😅
1994年
高校生陸上競技時代
筋トレだけでは能力が伸びないことを感じていた時に書店巡りをしながらトレーニングの本を読みあさっていたところに
初動負荷トレーニングの存在を知りました。
書籍購入。
当時は動画などないので文章を読み自分で再現するというアナログな方法で感覚を掴むということをしていました。
動きの後半で力を抜いていく、
というトレーニング模索
→この辺りから運動神経らしきものが
向上し始めた記憶があります。
のちに千葉県総体大会新記録を出して優勝出来ました
力を抜いた方が良いということを体感していた時です。
初動負荷トレーニングの説明
↓
https://www.bmlt-worldwing.com/smarts/index/68/
1996年トレーナー専門学校入学と
同時に格闘技開始
トレーニング理論を学んだことで
筋力向上の必要を感じ
ガッツリ筋トレにハマり
筋肉MAXになって
パフォーマンスを落とし怪我を
連発させました😓😓😓
試合に出ても勝ったり負けたり怪我したりという感じが3年ほど続きました
この3年間でほぼ全身の関節を故障しました
*トレーニングの第1次暗黒期
1999年
このままじゃいかんと思い、
トレーニングを模索するがなかなか見つからず4月にブローアウト骨折(眼窩底骨折)
https://www.kitano-hp.or.jp/section/keisei/disease-ganmenkotsukossetsu
チタンプレートを入れる手術をしました。
3ヶ月くらい視界の広さが2分の1くらいで過ごしました。
→術後医師から眼圧を上げること、跳んだり跳ねたりすることはプレートが安定するまでの半年間は避けるように指示されました
→力まない様に(力を抜いて)筋トレと
ランニング出来ないのですり足で速く歩く練習開始
→変な動きもこの辺りから🤣🤣
半年後、筋肉は萎みましたが
動きやすくなったことに気づきます
→あれ?なんでだ?疲れないぞ?
と不思議に思いました。
そして筋トレが解禁されると
再び筋トレ開始😓
疲労感がトレーニングしてる感があって
安心する状態でした
結果また動き悪くなる
→力まない筋トレに戻るを繰り返し結果に振り回される日々が続く
2000年
奥さんの紹介で鳥取の初動負荷トレーニングのジムで働いていた人に会う
フリーウェイトで初動負荷トレーニングを
行う方法を教わりました(3日間付ききっきり)
→再び初動負荷トレーニング研究開始
この時に鍼灸の先生から脇を伸ばすことを勧められて側屈を開始
重量を上げるトレーニングから少しずつ脱却し始める
しかししばらくして当時の初動負荷トレーニングのフリーウェイトのやり方は
骨盤前傾(胸腰を反ったまま)での
姿勢が全てだったので
体幹の動きがないことに気づき
ある程度までパフォーマンスは上がったけどある一定のところから上にいかないことに気がつく
再びトレーニング模索がスタート
2001年プロデビューで勝つも
このままでは勝てていける気がしないと
焦る。
→怪我する→試合負ける→焦る
→トレーニング追い込む→怪我する
→試合負ける
この時期が再び3年続きました
*第2次トレーニング暗黒期
2004年に格闘技仲間から教わった格闘技に詳しい医師の方から胴体力というものがある、ということを教えてもらい書籍購入
https://www.hiden-shop.jp/smp/item/mb-ito3.html
動きを真似するうちになんとなく動きが良くなってきた感覚を得る。
ですが胴体力の体操で動きが良くなったけど、これを実際動きの中でどう活かすのかが具体的にわからなかった
→再び模索
2006年
「古武術for スポーツ」というDVD付き書籍を本屋で見つけて実際に試したところ
飛躍的に身体能力が向上しこの辺りから身体操作の追求が本格化し、古武術を本格的に調べ始めました。
https://www.amazon.co.jp/dp/4789961486?ref=cm_sw_r_apin_dp_2J7H1AGNTK9HRW3T97RR&ref_=cm_sw_r_apin_dp_2J7H1AGNTK9HRW3T97RR&social_share=cm_sw_r_apin_dp_2J7H1AGNTK9HRW3T97RR&language=ja-JP&skipTwisterOG=1
著者の高橋圭三さんの師匠である
甲野善紀さんを知りワークショップに
通う
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E9%87%8E%E5%96%84%E7%B4%80
古武術の技が格闘技の中で実際に
役立つこと実感。
試合でも勝率が一気に上がりました
そして古武術にハマる(一本歯の下駄履き始める)
→その頃に東大名誉教授小林寛道(こばやしかんどう)先生の存在を知る
古武術研究は進んだが
徐々に言語化できず再現性に乏しいことに気づき始める
パーソナルトレーナーの活動していて
お客様の身体は変わるけど
理屈が説明出来ない、わからない
自信無くす
2008年東大名誉教授小林寛道先生の
セミナーに出る(家の近所で開催されました)
→小林寛道先生に感動🤣
動作に関しての言語化、理論化が一気に進む
この辺りから数年間でトレーニングの資格やら整体の資格やらとりまくります
2015年「体芯力」という言葉が生まれる
→2016年書籍出版
→2017年養成講座スタート
知り合いが一気に増えて武術家の人達と
交流開始
この頃に遠山知秀先生、中村道紀先生と出会い、教えてもらえる様になりました
小林寛道先生の知識と理論が土台にあったことで古武術の身体動作を言語化、再現性が持てる様になれました
2020年コロナ禍に入り
脳神経学を知り、動作が脳に与える
影響の言語化が一気進み現在に至ります。
長文失礼いたしました🙇
永野 眞治さん
亮司先生、詳しい経歴をご公表頂きありがとうございます🙇
亮司先生にも並々ならぬ暗黒時代があったことで、黄金期✨がやって来たことがよく分かります!
受講生として師のバックボーンを知り得ることは、大変な喜びとなります❣️
亮司先生がされた長文投稿が
懐かしく、またご自分を見つめ直す機会としてフロー状態で、時間が経つのもつい忘れてお書きになられていたとしたら、
大変嬉しいです😊😊
受講生として、亮司先生のバックボーンを詳しく知り得たことは、大変大きなアドバンテージになりました✨✨
感謝致します🙏
